リゾチームの構造・機能・進化


東海大学農学部バイオサイエンス学科タンパク質化学研究室
リゾチームとは
 リゾチーム(EC3.2.1.17)は細菌細胞壁のムコペプチドなどに存在するN−アセチルムラミン酸(MurNAc)とN−アセチルグルコサミン(GlcNAc)間のβ−1,4結合間を加水分解する酵素です.基質特異性と構造から以下のように大きく5種に分類されています.しかし,反応機構がわからなくとも,リゾチームの基質である Micrococus luteus を溶菌すればリゾチームと呼んでいますし,他の菌でも溶菌活性が見られれば溶菌酵素という意味でリゾチームと称している報告があります.

1.ニワトリ型リゾチーム(Cタイプ)
 (MurNAc)−(GlcNAc)間でも(GlcNAc)−(GlcNAc)間(キチン)でも分解します.すなわちキチナーゼ活性も有しています.この型のリゾチームはトリ卵白,哺乳類,魚類,昆虫類など広く生物界に分布しています.ヒトのリゾチームもニワトリ型で,涙や鼻水に多量に含まれています.これは,外気と直接触れる粘膜を病原菌から守るための機構と考えられています.分子量約14kDa.酸性アミノ酸の分布からカルシウム結合性リゾチームが細分されています.Cタイプリゾチームは,酵素活性を有しない乳中のラクトアルブミンに遺伝的に関連があります.ファミリー22に分類されています.C型リゾチームは非常に熱に安定で,80度で加熱しても約50%の活性を保持しています.卵白中のリゾチームは,卵の発生が始まると速やかに分解されます.しかし,発生が始まらなければ,室温で数ヶ月卵を放置しても活性が残っています.
   C型リゾチームの分子系統樹

ニワトリリゾチームのアミノ酸配列
KVFGRCELAA AMKRHGLDNY RGYSLGNWVC AAKFESNFNT QATNRNTDGS 50
TDYGILQINS RWWCNDGRTP GSRNLCNIPC SALLSSDITA SVNCAKKIVS 100
DGNGMNAWVA WRNRCKGTDV QAWIRGCRL 129

2.グース型リゾチーム(Gタイプ)
MurNAcにペプチドが結合していなくても分解しますが,キチン(GlcNAc)nは分解しないと言われています.
しかし,本研究室の測定では弱いながらキチナーゼ活性を有していることがわかりました.本酵素はガチョウをはじめ,大型のトリ卵白中にのみ発現しています.最近,ニワトリや魚にも遺伝子が存在していることが証明されていますが,ガン・カモ科の鳥や大型の鳥類以外の他の生物にはほとんど発現していません.分子量約21kDa.Cタイプが加水分解活性と糖転移活性を有するのに対し,Gタイプは加水分解活性のみを有しています.ファミリー23に分類されます.

グースリゾチームのアミノ酸配列
RTDCYGNVNR IDTTGASCKT AKPEGLSYCG VSASKKIAER DLQAMDRYKT 50
IIKKVGEKLC VEPAVIAGII SRESHAGKVL KNGWGDRGNG FGLMQVDKRS 100
HKPQGTWNGE VHITQGTTIL INFIKTIQKK FPSWTKDQQL KGGISAYNAG 150
AGNVRSYARM DIGTTHDDYA NDVVARAQYY KQHGY 185

3.ファージ型リゾチーム
MurNAcにペプチドが結合した部分を主に分解します.さらに4種(Vタイプ,Gタイプ,λタイプ,CHタイプ)に分類されます.分子量はさまざま.
1) Vタイプ
T2,T4ファージリゾチームが含まれ,遺伝的にニワトリ型やグース型に関連があると考えられています.触媒機構は詳細に検討されています.リゾチームドメインの分子量は約18kDa.
2) Gタイプ(グース型)
T7ファージリゾチームやトランスグリコシダーゼSlt70が含まれます.グース型リゾチームと配列相同性を有しています.
3) λタイプ
λファージリゾチームが含まれます.ニワトリ型に配列相同性が見いだされています.
4) CHタイプ
 前3者とは構造的に異なるリゾチーム.Nアセチルムラミダーゼ活性は有しますが,キチンには不活性です.

4.無脊椎動物リゾチーム(Tタイプ)
最近になって,無脊椎動物中(貝類など)に新しいタイプのリゾチームが存在することが分かってきました.成熟タンパク質でアミノ酸配列が決定されたアサリ貝およびハマグリリゾチームでは,122-3残基のアミノ酸からなり,分子量的にはCタイプと類似していますが,そのアミノ酸配列は異なっています.溶菌活性はニワトリリゾチームと比較して4倍ほど強く,キチナーゼ活性も有しています.また,一部のIタイプリゾチームは低塩濃度では2量体を形成して活性を発現していませんが,高塩濃度で解離し,活性発現することが報告されています.
しかし,本研究室で分離したハマグリリゾチームは2量体形成をしないことが明らかになっています. ハマグリリゾチームの立体構造

ハマグリリゾチームA :P86383のアミノ酸配列
FAGGIVSQRCLSCICKMESGCRNVGCKMDMGSLSCGYFQIKEAYWIDCGR 50
PGSSWKSCAASSYCASLCVQNYMKRYAKWAGCPLRCEGFAREHNGGPRGC 100
KKGSTIGYWNRLQKISGCHGVQ 122


  Iタイプリゾチームの分子系統樹

5. 植物リゾチーム
キチンを主に分解します.さらにbタイプ(barley)とhタイプ(hevamine)に分類されます.
  *キチナーゼの項を参照
1) bタイプ
ファミリー19に分類され,クラスT,U,Wキチナーゼが構造的に含まれます.立体構造はCタイプリゾチームに関連があると考えられています.リゾチーム活性は数種で報告されていますが,ニワトリリゾチームの約5%程度です.分子量はクラスTが32-34kDa,クラスUが26-28kDa,クラスWが28-32kDa.
2) hタイプ
 ファミリー18のリゾチーム/キチナーゼ群に分類され,クラスVキチナーゼが含まれます.立体構造はバレル構造を有し,バクテリアキチナーゼと相同性があります.リゾチーム活性はニワトリと同等であると報告されていますが,リゾチーム活性を有しないものもあります.最近の報告では反応メカニズムがリゾチームと異なるので正確にはリゾチームとはいえないとされています.すなわち,リゾチームは(MurNAc)−(GlcNAc)間のβ1,4結合を加水分解しますが(D部位で乳酸基が外を向くため),ヘバミンは(GlcNAc)−(MurNAc)間を分解します.分子量は約28kDa.

6. 細菌リゾチーム
β1,4Nアセチルムラミダーゼ活性に加えてβ1,4N,6-Oジアセチルムラミダーゼ活性を有するものもあります.分子量はさまざまで最小は12kDa.

7. 最近のトピックス
リゾチームなどの糖質分解酵素の触媒反応機構が立体構造の情報から詳しく調べられています.これらの研究によって,基質と触媒残基(実際に切断反応を行うアミノ酸)との詳細な位置関係が明らかになり触媒反応が立体化学的に証明されました.また,これらの酵素の立体構造情報から,今まで別種の酵素と考えられていた酵素が実は形が非常によく似ていることがわかってきました.たとえば,Gタイプリゾチームと植物キチナーゼです.これらの酵素は立体構造を比較してみると,その構造がよく似ていることがわかります. 「植物キチナーゼ」
このように最近のタンパク質化学では分子の立体構造情報が重要な意味をもつようになってきました.

■参考:糖加水分解酵素のファミリー分類(抜粋)
ファミリー
18: キチナーゼ(細菌)EC3.2.1.14
    キチナーゼ(植物クラスV)EC3.2.1.14
    エンドNアセチルβグルコサミニダーゼH EC3.2.1.96
19: キチナーゼ(植物クラスT)EC3.2.1.14
    キチナーゼ(植物クラスU)EC3.2.1.14
    キチナーゼ(植物クラスW)EC3.2.1.14
20: Nアセチルβグルコサミニダーゼ EC3.2.1.52
21: リゾチーム(細菌型)EC3.2.1.17
22: リゾチーム(ニワトリ型)EC3.2.1.17
23: リゾチーム(グース型)EC3.2.1.17
24: リゾチーム(ファージ型;Vタイプ)EC3.2.1.17
25: リゾチーム(CH型)EC3.2.1.17

* エンドNアセチルβグルコサミニダーゼHは基質特異性はキチナーゼと異なりますが,立体構造及び触媒残基の位置が極めて類似しているため同じファミリーに分類されています.


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