大学院生物科学研究科の山口広子さん(指導教員=農学部食生命科学科・永井竜児教授)が執筆した論文「ポリオール経路由来に特異的な終末糖化産物であるグルコースリジンと2型糖尿病合併症との関連性(Glucoselysine, a unique advanced glycation end-product of the polyol pathway and its association with vascular complications in type 2 diabetes)」が、6月13日付で学術誌『The Journal of Biological Chemistry』に掲載されました。
永井教授の研究室でタンパク質と糖が結びつくことで生成される終末糖化産物(AGEs)に関する研究に取り組む山口さんらは、糖尿病の進行や合併症を予測する新たな指標として、フルクトースから生じる老化物質「グルコースリジン(GL)」に注目。熊本大学大学院生命科学研究部や東京都医学総合研究所との共同研究で、糖尿病合併症の原因とされる高血糖状態における糖代謝の副経路である「ポリオール経路」の活性化を反映する数値としてGLが指標となり得ることを調べてきました。
研究ではまずシュワン細胞を使用し、高血糖に曝されるとポリオール経路の活性化によって糖の一種であるフルクトースが増加し、それを材料としてGLが生成することを確認。次に、液体クロマトグラフィー・タンデム型質量分析装置を使用して、従来の手法では難しかった血液中の微量なGLを正確に測定する方法を確立しました。その後の臨床研究では、174検体を調査し、糖尿病患者の血液中のGLレベルが健康な人と比べて明らかに高く、特に血管合併症を持つ患者ではその傾向が顕著であることを明らかにしました。また、GLは従来の血糖管理指標であるヘモグロビンA1cや空腹時血糖値よりも、糖尿病合併症をより正確に反映することを示しました。論文では研究の過程とともにこの発見によって、GLを用いた糖尿病合併症の発症予測や早期診断が期待され、今後の効果的な治療戦略の開発に貢献できると提言しました。
山口さんは、「本研究では特に微量なGLの測定が難しく、技術の確立まで1年以上を要しました。また、検体での測定でも提供者がどのような疾患を持っているかなどバックグラウンドまで解析する必要があり、大変な面も多い研究となりました。論文掲載にあたっては他の学術誌の審査が通らず何度も書き直す必要があり心が折れそうになる時もありましたが、一番近くで見守っていただいた永井先生のアドバイスや学会発表で学外の先生方からいただいた評価を支えに続けることができたと感じています。すでにこの論文をお読みいただいた糖尿病専門医の方から学会誌への総説執筆のオファーもいただいています。農学分野から糖尿病へのアプローチとして予防にフォーカスし、AGEsやGLが病気の早期発見の指標として確立されるよう今後も研究を続けていきます」と話しています。
なお、山口さんは9月7日に阿蘇くまもと臨空キャンパスで開かれた第29回糖化ストレス研究会(大会担当会長=永井教授)で本論文について口頭発表し、他大学の教員及び企業の研究者による選考を経て口頭発表部門の奨励賞に選ばれました。